定期観光バスガイド

鹿児島歴史探訪コース

鹿児島中央駅 かごしまちゅうおうえき

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九州新幹線の発着駅として、また、多くの在来線が発着する鹿児島の陸の玄関口でもあり、駅周辺には多くの飲食店やホテルが存在します。
駅ビル2階の観光案内所において、詳しい問い合わせなどに対応しています。

アミュプラザ

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鹿児島中央駅に隣接している商業施設で、ショップ・レストラン・映画館等のほか、屋上には最高部地上約91mの観覧車「アミュラン」があります。

若き薩摩の群像 わかきさつまのぐんぞう

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1865年、薩摩藩が鎖国の禁を犯し、留学生として英国に派遣した藩士の像で、彼らは異国での数々の苦難を乗り越え、学問や技術を修め、帰国後、黎明日本の原動力となり各分野で多大な業績を残しました。
この像は、1982年に鹿児島市の人口50万人都市達成を記念して建立されたものです。

ナポリ通り なぽりどおり

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1960年5月3日にベスビオ火山で有名な、イタリア南部のナポリ市と姉妹都市盟約を結んだ記念に名付けられた通りの名称です。

維新ふるさと館 いしんふるさとかん

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幕末から1868年の明治維新の頃まで、鹿児島は薩摩と呼ばれていました。この施設は、幕末の薩摩と明治維新の全てが分かる歴史観光施設です。

ザビエル教会・ザビエル公園 ざびえるきょうかい・ざびえるこうえん

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1549年にフランシスコザビエルが鹿児島に上陸し、長崎県平戸へ去るまでの約10か月間、鹿児島で布教活動を行い、これが日本へのキリスト教伝来の始めとされており、現在の聖堂は1999年にザビエル上陸450年を記念して建てられたものです。
また、教会の道路向かい側にあるザビエル公園は1949年にザビエル上陸400年を記念して作られたもので、石造りのモニュメントは、太平洋戦争時に空襲で焼失した、旧教会の一部です。

照国神社 てるくにじんじゃ

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薩摩藩藩主である島津家28代当主の島津斉彬公を祀る神社で、城山の緑を背にする境内には老樹が茂り、鹿児島市民の憩いの広場となっています。
斉彬公は、近代日本の文化の発展に大きな功績を残され、日本の国旗「日の丸」を考案しました。

西郷銅像 さいごうどうぞう

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西郷隆盛は、幕末、明治維新で活躍した鹿児島を代表する偉人であり、この銅像は1937年に鹿児島出身の彫刻家、安藤照が8年の歳月をかけて製作したもので、高さは台石を含むと約8mにも及びます。
我が国最初の陸軍大将の制服を身に着けており、東京上野にある着物姿の銅像とはうって変わった堂々とした雰囲気をたたえています。

鶴丸城跡 つるまるじょうあと

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1602年に島津家18代当主の島津家久公が建てられた、島津家の本城跡で、現在は、歴史資料センター黎明館や県立博物館、市立美術館が建てられています。

薩摩義士碑 さつまぎしひ

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江戸幕府より課せれられた宝暦の治水工事に尽くした薩摩藩士「平田靭負」ほか80余名の犠牲者の霊を慰め、義士としてたたえるために建てられた石碑です。
1753年、幕府から現在の岐阜県の木曽川工事を命じられた薩摩藩は、家老平田を総奉行として約1,000名の人員と藩収入の2年分に当る40万両の大金を費やして工事を成し遂げましたが、家老平田は多数の犠牲を出したことや、予算超過の責任を取り自刃しました。
40万両を現在の貨幣価値に換算すると、1両10万円(諸説あり)で換算し400億円にも及びます。

城山 しろやま

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鶴丸城跡の背後に盛りあがった海抜107mの小高い丘で、山頂の展望台からは鹿児島市内を眼下に錦江湾に浮かぶ桜島を正面に望むことができ、夜景の名所として、また、日本で最後の内戦「西南戦争」の激戦地として有名です。

西郷洞窟 さいごうどうくつ

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城山登山道の途中の、岩崎谷の一角にあります。
1877年の「西南戦争」の時、西郷隆盛が率いる薩摩軍は城山を最後の決戦の地としました。西郷らは、戦争終結直前までの5日間をこの洞窟に寝起きしたと言われ、9月24日早朝、政府軍による総攻撃が行われ、西郷は、この洞窟を出て岩崎谷へ下る途中、流れ弾に当たり、別府晋介の介錯で自刃し49年の生涯を終えました。

私学校跡 しがっこうあと

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1873年、征韓論に敗れ故郷の鹿児島に戻った西郷隆盛が創立した学校で、西郷を尊敬する青年たちが、ここで学びました。当時、生徒約800人、県下に136の分校があり、現在、学校の建物は残っていませんが、跡地の石垣には西南戦争時の弾痕が生々しく残り、県の指定史跡になっています。

南洲墓地 なんしゅうぼち

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西郷隆盛をはじめとする西南戦争の薩摩軍戦死者2,023名が眠っている墓地で、西郷隆盛の生い立ちから西南戦争で戦死するまでの歴史的資料が展示されている西郷南洲顕彰館が建てられています。

仙巌園(磯庭園) せんがんえん(いそていえん)

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1658年、島津19代光久が建てた島津家の別邸で、庭園は前面の錦江湾、桜島を借景とする名園で国の指定名勝になっており、庭園内には貴重な史跡や土産物屋などがあります。
隣接する尚古集成館では、幕末のガラスや写真など薩摩藩の数々の業績を見ることができます。
2015年に、「仙巌園内の反射炉跡」、「尚古集成館の機械工場跡」、仙巌園から徒歩5分の所にある「旧鹿児島紡績所技師館(異人館)」が世界文化遺産に登録されました。

桜島 さくらじま

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鹿児島湾(錦江湾)にある周囲約55㎞、高さ1,117mの活火山。
かつては島でしたが、大正3年1914年の大噴火で流れ出た溶岩により、鹿児島市の対岸の大隅半島と陸続きになりました。

祇園之洲公園・石橋記念公園 ぎおんのすこうえん・いしばしきねんこうえん

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江戸時代末期、鹿児島市の中央を流れる甲突川には五つの石造りの橋が架けられていました。石橋の幾つかは1993年の水害で壊れましたが、現在は、この地で移設復元され、石橋記念公園として親しまれており、石橋の歴史や架橋の技術を紹介する記念館も隣接しています。

桜島桟橋(フェリーターミナル) さくらじまさんばし

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曲線を生かしたユニークなデザインのフェリーターミナルで、桜島まで、約15分で到着します。また、フェリー内で食べられる「うどん」は、みんなから愛されています。

かごしま水族館 かごしますいぞくかん

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水量1500トンの黒潮大水槽で泳ぐジンベイザメやイルカ、ラッコ、世界最大の淡水魚ピラルクーなど、海や水の生き物たちと会える場所です。

ウォーターフロントドルフィンポート

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フェリーターミナルがある本港区一帯は、海と人がふれあえるゾーンとして、埠頭に隣接した広大なイベント広場は、さまざまな催しで賑わい、また、ドルフィンポートには鹿児島の食文化を楽しめるレストラン街や足湯があり、周辺はレトロな石造り倉庫を生かした店舗などがあります。

天文館 てんもんかん

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鹿児島随一の繁華街で、鹿児島のグルメやショッピングを楽しむには外せません。
地名の由来は、島津家25代当主、重豪(しげひで)が1773年に設立した天体観測などの研究施設の名称が別名「天文館」だったことによります。

鹿児島中央駅 かごしまちゅうおうえき

〒890-0055 鹿児島市上荒田町37番20号
[電話]099-257-2111 [FAX]099-258-6741
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